土葬

インターネットの片隅で、壁に向かってシャドーボクシングをしています。

ショック

 浮かれてヘラヘラしてたら生まれて初めて食べ過ぎで吐いた。

 「おいしくたくさん食べるのが善」というイデオロギーの集まりだったからもう食べたくないって言えなかったのはあるけど、それで拒まなすぎるのもダメだったね 年々、油分と炭水化物を体が受けつけなくなってる

 

 最後に嘔吐した記憶は幼稚園のころ家で飼っていた犬の糞のにおいをかいで気持ち悪くなったときなので相当久しぶりに吐きましたね 今まで気持ち悪くなっても吐き気止まりなことで自分内ではもっぱらの評判だったんだけど

 ハタチを超えるとこれまでになかったタイプの自分の体の変化が出て来るね

誰だお前

自戒も込めて。おまいうはこの際、棚に上げさせてくれ。

 

・私の仕事に横から口はさんでくる奴

 お前は助言のつもりかもしれないけどこっちから見たら時間もてあまして絡んできてるだけにしか見えないんですが。言ってくることも、言われなくてもわかってやってるんだけど、って感じるものが多い。それぐらいわかってその通りにしとるんじゃボケ。他人にも内面てものがあるのですが、知ってますか??忙しい時期でお前にストレスが溜まってるのは理解しているので、残念ながら何を言ってきても口答えはしませんけども。あ、でも社会だとうんざりする人間ってわざわざそれを突きつけられるというよりだんだん人が離れていくんでしたっけ。あ~あ、痛い目も見れないなんて可哀想。まあ、「自分のダメさをちゃんと理解できないことは不幸」っていう私の考え方も、お前にはわかってもらえないと思うけど。

 

誰だお前ってなる。マジで。自分のこの場における立ち位置どこだと思ってんの

 

 

 他人に目に見える迷惑をかけなければ精神的に成熟しなくても良い、って考え方もあるのかもしれないけど、じゃあそれ別に人間じゃなくてもできるよね?ってなる。ものすごく疲れてるときには無理に成長せずともこのままの自分で出来ることをしようと思うけどそれはまたそれで

 

「精神的に向上心のない者はばかだ。」

 実際問題、精神的に向上しようとしつづけることは難しいから、バカだと断ずることは峻烈な気もするけど、こう言いたくなる気持ちはわかる。経験上、ストイックな心を一面に抱えている人間のほうが信頼できる。だらだらと緩い人間関係と世間的なアタリマエの海をただよってのうのうと普通の人生を送っている人のことが憎らしくなる。そういう人は自分よりずっと社会的に優秀だから、たんなる劣等感からこんな感情になるのかもしれないけども。普通に生きてる人にだって、ひとりひとり内面はあるんだよな それを差し置いて 何言ってんだ ねぇ

やっぱり物事は常に自戒を込めて言わないと、頭の軽いウエメセに留まってしまう

 

 

言いたいこと、しっちゃかめっちゃか。おわり。

 

タイムスリップ

2,3月は毎日わにゃわにゃ~~んと過ごしていたら4月になってた。ファッキン時の流れ。曜日の感覚もなくなってる。

 

おかねがないとこまるねということが身に沁みたので、今年度から前よりバイト頑張るよ生活になる SHINITAMI

プライベートの消費に辟易する

 SNSが流行って、どうも私生活が「商品化」されている感じがしている。

 現実において関係のある人間が、今日はこんなことがあります~楽しみ~とか、言ってるともうああ~~~となる。そこまではまだこっちが勝手にああ~~となるだけでいい。問題は、投稿された内容に自分が関与している場合。

 内輪感のある文体で「今日の飲み会は楽しかった」とか書かれてて、その飲み会に自分が参加してるともうなんかダメ。記憶を遡ると、クラスみんなで撮った写真を勝手にツイッターに上げてる女にもモヤっとしてた。中でも私の名前を勝手にツイートするのなんか、もう懲役50年。日常の話題で空リプとかの流れがあれば別だけど。「生活の中の特別なワンシーン」に勝手に切り取られるとムカつく。

 お前の私生活を商品化するのは勝手だけど、私まで巻き込むなと思う。お前的には自分中心の世界かも知らんが、私は見知らぬ誰かにお前のプライベートの一部として消費されたくないのだ。

 限られた表現者たちが発表の場に台頭していた時代を、SNSは誰もが発信者としてスポットが当てられる世界に変えてしまった。どこの誰とも知らない一般人が放ったことも、1コンテンツとしてどこの誰とも知らない一般人たちにシェアされていく。双方向とか多様性とか言えば聞こえはいいけど、実際のところ個人が安易に「消費」されている側面があるような気がする。

 今やネットの匿名性も失われた。顔も名ももたない思念の集まりが渦巻くアンダーグラウンドな場所から、送り手も受け手も存在する者は一人ひとり人格をもちキャラクターとして独立している小綺麗なテーマパークと化している。以前はネットのリスクを語る際に「匿名ゆえの誹謗中傷」とかそのあたりのワードをしきりに聞いたが、もはやその匿名性も形骸化しているように思う。なぜなら現在のインターネット(特にSNS)における「匿名性」とは、もっぱら「素性を伏せている」という点にのみ特化しており、各利用者はすでに個として互いに認識し合っているからである。

 それっぽいことをそれらしく指摘したところでだからなんだという話だし、こんなことをぶつくさ書いても生産性皆無なんだけども。マジでチラ裏。

 言いたいことからだいぶ遠いところに来てしまったけど、要するにリアルの関係者諸氏は日常生活のコンテンツ化をするなら私のことは巻き込まないでください。

 

 まぁ、私もツイッターとかしてるんだけども。自分の意志で自分のプライベートを言いたい~~っていうのはあるからね