土葬

インターネットの片隅で、壁に向かってシャドーボクシングをしています。

プライベートの消費に辟易する

 SNSが流行って、どうも私生活が「商品化」されている感じがしている。

 現実において関係のある人間が、今日はこんなことがあります~楽しみ~とか、言ってるともうああ~~~となる。そこまではまだこっちが勝手にああ~~となるだけでいい。問題は、投稿された内容に自分が関与している場合。

 内輪感のある文体で「今日の飲み会は楽しかった」とか書かれてて、その飲み会に自分が参加してるともうなんかダメ。記憶を遡ると、クラスみんなで撮った写真を勝手にツイッターに上げてる女にもモヤっとしてた。中でも私の名前を勝手にツイートするのなんか、もう懲役50年。日常の話題で空リプとかの流れがあれば別だけど。「生活の中の特別なワンシーン」に勝手に切り取られるとムカつく。

 お前の私生活を商品化するのは勝手だけど、私まで巻き込むなと思う。お前的には自分中心の世界かも知らんが、私は見知らぬ誰かにお前のプライベートの一部として消費されたくないのだ。

 限られた表現者たちが発表の場に台頭していた時代を、SNSは誰もが発信者としてスポットが当てられる世界に変えてしまった。どこの誰とも知らない一般人が放ったことも、1コンテンツとしてどこの誰とも知らない一般人たちにシェアされていく。双方向とか多様性とか言えば聞こえはいいけど、実際のところ個人が安易に「消費」されている側面があるような気がする。

 今やネットの匿名性も失われた。顔も名ももたない思念の集まりが渦巻くアンダーグラウンドな場所から、送り手も受け手も存在する者は一人ひとり人格をもちキャラクターとして独立している小綺麗なテーマパークと化している。以前はネットのリスクを語る際に「匿名ゆえの誹謗中傷」とかそのあたりのワードをしきりに聞いたが、もはやその匿名性も形骸化しているように思う。なぜなら現在のインターネット(特にSNS)における「匿名性」とは、もっぱら「素性を伏せている」という点にのみ特化しており、各利用者はすでに個として互いに認識し合っているからである。

 それっぽいことをそれらしく指摘したところでだからなんだという話だし、こんなことをぶつくさ書いても生産性皆無なんだけども。マジでチラ裏。

 言いたいことからだいぶ遠いところに来てしまったけど、要するにリアルの関係者諸氏は日常生活のコンテンツ化をするなら私のことは巻き込まないでください。

 

 まぁ、私もツイッターとかしてるんだけども。自分の意志で自分のプライベートを言いたい~~っていうのはあるからね